和の衣

物心ついた頃には、すでに洋服を着ていた。
そこには何ら違和感はなく、それがふつうだった。

最初に和服を着たいと強く意識したのは成人式のときだった。
日本人として、日本の服が着たいと思った。
ただそのときは、みんなスーツだからという理由からスーツを着て行った。
日本人らしい選択と言えばそうかもしれない。

夏祭りなど祭事を除けば和服を着る機会はほとんどない。
特別な日に着る特別な服、それが和服。
正直なところ、古典的な着物を毎日着る日常を全く想像できない。

今の和服が必要なんだと思う。

そもそも歴史を辿ると、時代ごとに実に多様な和服が生まれ育まれてきた。
平安時代と江戸時代を比較してみても和服の形は全く異なる。
これは考えてみると当然で、価値観の変化に伴い和服も時代ごとに変化をしてきたということ。

いつの時代も様々な国の思想や文化を受け入れ吸収し、そして日本のものとして融和し昇華してきた。
だからこそ私は、確信を持って和服を手掛けることができた。
今、この時代に然るべき和服が絶対にあるのだから。

私にとって衣服は、個人の表現の発露というよりも、むしろ、その地域の、大袈裟に言えばその国の景観であると感じている。
全ての日本人が和服を着たら、日本はどれほど美しい国になるだろう。

その国の地域を形作る最も重要な人工物は建物だと思う。それに引けを取らないほど重要な物は着物だ。
旅をして、現地の人を見て美しいと感じるのは、その土地らしさを感じるからだと思う。
風土、建築、食物、衣服といった、あらゆる要素が調和する姿に感銘を覚える。
日本もそんな美しい国でありたい。







日本で和服を着ることは、
最も自然であるべきだ。







和の衣